第二話 「朝御飯は一日の始まり」
 
 
 
 
「……冷静に考えろ。これも夢だ。夢に決まっている」
 
 実際有り得ない。酒を飲んで、気がついたら見知らぬ女性が自分の隣に裸で寝ていたとかならわかる。いや、実際そんな経験は無いのだが激しくキールは頭が混乱していた。

 浜辺で野宿→起きたら見知らぬ少女が自分の隣で寝息を立てているなんて誰が考えても普通ではない。そもそも、火と見張りの番をしていたはずのロゥが見過ごすはずが無い。
 
 まあ、そのロゥは現在進行形でシエスタの真っ最中だが。
 
「…………」
 
 とりあえずキールは立ち上がり、居眠りしているロゥの額を掴んだかと思うと何の躊躇いも無く砂浜に叩きつけた。
 
「ギャフッ!?」
 
「おはよう、ロゥ。さて、とりあえず今の状況を説明しろ」
 
「え、は? ちょ、何ごっボボボボッ!?」
 
 状況を説明しろと言うくせにキールはロゥに馬乗りになり、砂を掴んでロゥの口に次々に投入。暴れているが全く気にしていない。
 
「ボボボ? ちゃんと俺にわかる言葉で喋れ」

 止めといわんばかりに顔面に満遍なく砂を振り掛ける。目に入ったのか更にロゥが暴れる。が、キールは容赦しない。

「もう一度言うぞ。三秒やるから今の状況を説明しろ。三、二、一、時間切れだ」
 
「ボーーーーーッ!?」
 
 そして、キールの往復ビンタが炸裂した。
 
 
 
 
 
「ゲホッ、ゴホッ、オェッ! お前は悪魔か!? お前は悪魔なのか!?」
 
「やかましい! 居眠りした貴様が悪いわ! そして、あれは誰だ!?」
 
 キールがビシィッと未だ眠っている少女を指差すが、顔がパンパンに腫れるほどキールにしばかれたロゥはそれどころじゃない。
 
「お前のせいで目が見えないんだよ! 口の中とか鼻まで砂が入って最悪だぞ! 水をくれ!」
 
「あん? ……海水でいいか?」
 
「この上さらに俺にダメージを与える気!? 頼むから真水をください!」
 
それを聞いて、チッと舌打ちしながらキールは仕方なく水筒を渡す。ロゥはそれを受けとるや否や即行で目を洗って口も濯ぐ。で、また咽た。
 
「で、あれは誰だ?」
 
 再び、キールは少女を指差す。
 
「ゲホッ、誰って……は? なあキール、あの娘誰?」
 
「それをお前に聞いているんだろうが」
 
「いや、俺は知らないぜ」
 
「それはそうだろうなあ。何せ、お前は、居眠りしてやがったんだから、な」
 
「少なくとも俺が起きていた間は何もありませんでした! というか人すら来てなかったです!」
 
 キールが拳をベキボキと鳴らす姿に気圧されて、ロゥは残像が見えるほどすばやく土下座する。見ていて如何に彼が土下座しなれているかが伺えるだろう。見ていてとても哀れだ。
 
「お前なあ、何でもかんでも土下座すれば許されると思ってるのか? これで何回目だと思っていやがる? 見飽きたわ!」
 
「すいません! ごめんなさい! でも、今はそれよりあの娘を起こしたほうがいいと思うのは俺だけでしょうか!?」
 
「あ? ……ああ、それもそうだったな。そっちの方がいいよな。すまなかったな、馬鹿。いや、むしろ俺のほうが悪かった、馬鹿。死ね、馬鹿」
 
「馬鹿馬鹿言わないで!? そしてさりげなく俺を死なせようとしないでください!」
 
 ガビーンとロゥが律儀に反応するが、完全に無視してキールは少女の傍らに屈みながら軽く少女を観察する。というか、あんなに大声を出しているのに起きない少女も結構な者だが。
 
 ボロボロの白いローブのようなものを纏い、腰にまで届きそうな黒い長髪。顔は見た限りでは結構整っており、小柄な体型も相まってどこかの令嬢といわれてもおかしくは無い。
 
 端的にいえば美しいほうなのだろう。まあ、どうでもいいが……とキールは側臥位でスースーと寝ている少女の肩を掴んで軽く揺さぶった。
 
「おい、起きてくれ」
 
 ユサユサと少女は揺れるが、それでも起きない。ならばと少し乱暴にグラグラとキールは揺さぶるが、軽く呻くだけで少女は起きない。
 
「…………」
 
 それでもユサユサと揺する。ロゥも傍に屈んで見守っているが、起きる気配が全くない。
 
「……よし、放って置くか」
 
「それでいいのか!? いや、確かに起きる気配無いけどよ!?」
 
 すっと立ち上がって諦めたキールにロゥが突っ込む。が、キールは無視して流木に腰掛けた。
 
「よく考えたら、別に起こさなくても良いだろ。俺たちと関係ないしな」
 
「……マジで?」
 
「マジだ。起こす努力はした。起きないほうが悪い。……それより朝飯にしよう。ロゥ、居眠りした罰だ。朝飯はお前が作れ」
 
「はあ!? またお……いや、なんでもないです。今すぐ作ります!」
 
 ロゥは、キールの眼光に負けた。
 
 
 
 そして、小一時間程後。飯盒からホカホカと湯気が昇り、鍋から味噌スープのいい匂いがしている。キールは食事の用意ができるまでハーブを吸いつづけていたが、ロゥが茶碗にご飯をよそい始めてから火を消した。
 
「あー、キール。悪い知らせだがこれで食料は最後だ。味わって食ってくれ」
 
「ん、そうか。じゃあ、ますます今日はお前の命運が決まりそうだな」
 
「なんとしてでも金を掴みます」
 
「そうか、頑張れ」

 そう言って、二人は手を合わせて自分の箸を掴んだ。
 
 そして、同時に少女がむくりと起き上がった。
 
「「…………」」
 
 あまりにもタイミングが良すぎる。二人は同時に思った。
 
「…………?」
 
 少女はキョロキョロと辺りを見渡す。そして、ピタリとキール達に目を向けた。
 
「…………」
 
 少女とキールたちの目線が合う。そして、ぐーと少女から音が聞こえた。
 
「…………」
 
 あまりの状況に場が凍る。しかも、少女からはずっとぐーぐーと音が聞こえ続けている。
 
「…………ここ、何処?」
 
 そして、少女がとうとう声を出した。
 
「……自分で解らないのか?」
 
「解らない」
 
 ひとまず、食器を置いてキールは少女に向き直って尋ねるが、少女はフルフルと首を横に振った。
 
「じゃあどこから来たかは解るのか?」
 
「穴の中」
 
「あ、穴の中!?」
 
 ロゥが愕然とするが、キールは質問を続ける。まあ、正直キールも心の中では衝撃を受けているが。
 
「……お前、名前は?」
 
「名前? 私は76番実験体」
 
「実験体!?」
 
 ロゥが素っ頓狂な声を上げた。
 
「やかましい! 馬鹿は黙ってろ! ……で、なんの実験を?」
 
「神様になる為の」
 
 いよいよ話が見えなくなってきたとキールは思った。彼女の話を信じるならば、朝起きたら神様になる為の実験体という奴が、何故か彼の隣で寝ていたということになる。正直、キールは頭が痛くなってきた。
 
「……神様って、何の神様?」
 
 頭を抱えているキールに変わってロゥが代わりに尋ねる。少女は、一拍空けた後、こう言った。
 
「月の神様」
 
 遥か昔、消えてしまったという神様だと。
 
 
 
 
 
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
 
 
 
 
 
「これ、食べていいの?」
 
「ああ、ちょっと食ってろ。俺はこの銀髪の馬鹿と喋ってくる」
 
「ちょ、馬鹿言わないで!? 俺は先刻も言ったけどロゥでいいからな!?」
 
 すぐ戻るから! と、ロゥが言うのを聞きながら、キールは76番目実験体と名乗った少女にとりあえず自分が食べようと思っていた食事を与えてロゥと一緒に浜辺に隣接している林の中に入る。
 
 そして、ロゥが真っ先に口を開いた。
 
「なあ、信じられるか?」
 
「余りにも唐突だ。正直俺も信じられん。が、仮にあの娘が本当のことを言っているとするなら……途轍もなくヤバイことだ」
 
 月の神。それは、遥か昔に夜空に浮かんでいたと言われる伝説の月を司っていた神だ。星よりも遥かに強い輝きを放ち、その光には魔力を多く含まれていて素質さえあれば誰でも魔法を使えていたと伝説には残っている。
 
 しかし、今では魔法は資質だけでは扱うことができない。自らの体に魔力を作る才能があるか、もしくは魔力が篭っている古代遺物を所持していて初めて使えるものなのである。何度かキールは腐れ縁の友人が魔法を使うのを見たことがあるが、自分で使ったことは無い。そもそも、素質が無かった。
 
「……だよな。しかも、転送魔法使ったらここに居たんだっけだっけか? もし本当に使えたんだったら完全に月魔法……月魔法って確か使える奴は国に一人いたら奇跡っていう奴だろ? そもそも、そんな実験する奴らがいたっていうのが信じられねえ。下手すりゃ教会に弾圧されるレベルだぜ?」
 
「その通りだ。少なくとも魔法は神に与えられたものとするアーガンテ教会にとっては禁忌だろう」
 
 もしこの事が教会にばれたら、実験をしていた組織は即座に捕縛。最悪の場合処刑されるかもしれない。アーガン教会はディバルド大陸中に支部を持つ大宗教団体、国によっては完全に支配権を奪われている場所もある位だ。ベルノート王国も相当な数のアーガンテ教の信者がいる。
 
「…………で、どうする? 教会に引き渡すか? 確か、イェルフスにも支部があったはずだと思うぜ?」
 
 ロゥは頭をわしわしと掻きながらキールに尋ねる。キールは、木にもたれて腕組みしながらパイプに火をつけた。
 
「いや、確かに教会に預けるのも一つの手だ。しかし、恐らくだが俺達も拘束される。何もやましいことはしていないが事が事だ。最悪、審問会にかけられるな」
 
 そこまでするほど義理は立たない。と、暗にキールはそう言った。
 
「じゃあどうすんだよ? まさか、放って置くとか言わねえよな?」
 
「そこまで鬼畜じゃない。……が、確実に俺達にはできることが限られている。少なくとも何処かの銀髪の馬鹿のせいで路銀が無いしな」
 
「いや、それは……すまん」
 
 ロゥがうなだれる。それを見て、キールは溜息をついて煙を吸った。
 
「とりあえずは、事実を隠して何処かに預けるしかないだろうな。少なくともそれが一番問題が少ない」
 
「何処かに預けるって……何処だ?」
 
「知るか。少なくとも先ずは街に入って金を手に入れて、落ち着いたら考える」
 
「行き当たりばったりかよ」
 
 ピシッ。確かに、そんな音がキールの米神からした。
 
「ほう、余裕だな。あの娘も如何にかしないといけないが、お前は今日中に金を得なければ売り飛ばされるというのに」
 
「ナマ言ってすいません! とりあえず、飯でも食おうぜ! 話なんて後でいくらでもできる!」
 
 そう言って、ロゥは猛ダッシュでキャンプに戻っていった。そんな彼を見て、キールは溜息をついてパイプの火を消し、自分もキャンプに戻った。
 
 
 
 
 
「あ、あれ? キール、俺の飯は?」
 
「あの娘に上げただろ? どうしても食いたいなら鳥でも捕まえて来い」
 
「ひでぇ!? 俺が肉食わないって知っていての言葉だとしたらひどすぎる!?」
 
 
 
 
 
 なんだかんだで、ロゥは朝飯にありつけなかった。
 
 
 
 
 
 
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