第一話 「野宿、そして朝焼け」
 
 
 
 
 商業都市イェルフス。
 
 そこは、ベルノート王国一の大規模な港を備えた貿易都市である。
 
 ほぼ毎日のようにやって来る他国からの輸送船や、国内の商船などで船着場は常時埋め尽くされており、その船から運ばれる様々な物資や近海で取れた豊富な魚介類を取引するために街中は常に活気に包まれている。
 
 そして、昼から夜になると商人や旅人の疲れを癒すため(金を奪うためともいう)に多くの酒場が灯りを点し、少し街から離れた場所では街が光を発していると思えるくらい煌びやからしい。
 
 まあ、確かに綺麗ではあるな……と金髪の青年―――キールは思った。
 
「おーい、キール。そろそろ飯ができるぞー」
 
 彼の後ろで能天気に料理している銀髪の馬鹿が居なければ、目の前に見えるその綺麗な街に入り、何処かの宿屋のベッドで熟睡できたはずなのだが。
 
 銀髪の青年が鍋を掻き混ぜながら声をかけてきたのを聞いて、キールは街から銀髪の青年の方に向き直った。
 
「わかった。ロゥ、殴っていいか?」
 
「おぅ、別にいい……わけないだろ!? 何で飯の用意をした俺が殴られなきゃいけないんだよ!?」
 
 ロゥと呼ばれた青年が、素直に頷きかけて慌てて突っ込んだ。
 
「やかましい! 金があれば! そしてもう少し早ければ! 向こうで宿にでも泊まれたんだぞ!? 何が悲しくて街にも入らず野宿しないといけないと思っていやがる!?」
 
 悲しいかな、彼らには金がないのだ。というか、落とした。
 
 金を落としたことに気がついたのはもうそろそろ街に着こうかという時。この時点で夕日が沈みかけていた。
 その時点で、街で仕事を探そうにも今日の収入はほぼ絶望的。それでもいいからとにかく街の中に入ろうとしたら、門限だとかいって門が閉められていた。
 
 というわけで、彼らは仕方なく街の近くの浜辺でキャンプしている。
 
 全ては、お前のせいで! とキールは血走った目でロゥを睨みつけた。正直、視線だけでダメージが与えられるのならロゥは3回は軽く死ねるだろう。
 
「おっ、落ち着けってキール! とにかく飯でも食って落ち着こうぜ! 腹減っちゃ何もできないだろ!? 話は後でゆっくりしようぜ! な、な!?」
 
 激しくテンパっているロゥは、残像が見えるほどすばやく食事を取る準備を始めた。それはもう、見ていて哀れなほどに。
 
「…………ちっ。じゃあ、飯食った後で殴るからな?」
 
 仕方なく、といった感じでキールは手渡されたスプーンを握る。彼も空腹なのだ、怒りはとりあえず収めた。
 
「今日の料理は自信作だ! 白米で作ったライスボールだろ! で、味噌縄と干し油揚げを使った味噌スープだろ! あと、さっき捕まえた鳥もいい感じに焼けてるぜ! それと殴るのは勘弁してください!」
 
 つまり、殆どいつもの奴か……と、キールは思いながらも口には出さずに味噌スープが注がれた碗を受け取った。流石に出来立てなので、スープからは湯気が立ち上ってキールの胃を刺激する。
 
「ん、そういえばドライフルーツは無いのか? まだ残ってただろ?」
 
「あ、それは俺がこないだ隠れて食べたわらば!?」
 
 色んな意味で素直な馬鹿を殴って、キールは溜息をつきながら即席の串に刺さっていた鶏肉を齧った。
 
 
 
 
 
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
 
 
 
 
 
「さて、ロゥ。今後、俺はお前に対して暫く金も食料も信頼できなくなったんだが、言い訳するか?」
 
 無言の食事が終わり、食器などの片づけが終わった後。顔面を赤く腫らしたロゥが流れるような動作でキールの正面で土下座を始め、キールは罪状を述べた。
 
「いえ、ありません」
 
 もちろんロゥは言い訳はしない。したら殺されるのが分かっているから。
 
「よし。じゃあ、金を落とした狼藉に加え食料をつまみ食いした罰だ。明日、街で収入。もしくはそれに似た物が無ければ真剣にお前を人材派遣商人に売り飛ばす」
 
「了解です。死ぬ気でゲットします」
 
「明日の予定は?」
 
「兎にも角にも、収入を得ます」
 
「わかった、其処まで言うなら許してやろう」
 
「すいませんでした」
 
 罪人に刑を言い渡したキールは、もう今日何度目か判らない溜息をつきながら腰掛けていた流木から立ち上がった。

「ちょっと、歩いてくる」

「ん? 用足しか?」

「散歩だ。すぐ戻る」
 
 土下座の体制を崩したロゥが焚き火に薪を放る。その様子を見るには先程まで審判があったとは思えないが、そこは長い付き合いの二人が成せる技。気にしたらキールのストレスが危なくなる。
 
 キールは首を鳴らしながら浜辺を歩き始めた。
 
 
 
 
 
 ザシッと砂を踏みしめながらキールは一人でのんびりと散歩を満喫していた。キールは夜が好きである。昼の活気にあふれた空気も嫌いではないが、夜の静かな雰囲気が彼にとってお気に入りだった。特に、今日みたいに雲ひとつ無い済んだ夜空は。無数の星空が瞬いている夜空を見上げると懐かしいものがこみ上げてくる感じがする。
 
 キャンプから離れてまだ10分と経っていないが、キールはごろんと浜辺に寝転がった。そして、愛用のパイプに火を付ける。吸っているのは、煙草ではなくお気に入りの香草だ。ちょっぴり刺激的でフルーティーな香草(決して危なくはない)のおかげで更にキールの気分が爽快になる。
 
「はぁ、生き返る」

 ゆっくりと煙を肺に取り込み、そして吐き出す。ロゥはカッコつけやがってと何時も笑うのだが、ロゥと友人になってからむしろ回数が増えた気がする。というか、確実に増えた。
 
 そして、5分かけてじっくりと吸った後は灰を捨てて新しい草を詰めて火をつけて、そのまま思考に耽った。
 
 結局、王立戦士団を退団させられてから惰性的に続けたこの旅も一年になろうとしている。いつまでもこんな旅を続けられるわけが無いことも自覚はしているが、自分が暮らしていた故郷に戻るのはなんとなく気が引けた。別に、帰りたくない理由があるわけではない。ただ、なんとなくだ。
 
 しかし、旅を続けようがどうしようが金が無い。明日、本当に金が入らなければどうなるかわからないのだ。ロゥを売り飛ばすのはあくまで最終手段。なんだかんだで自分を助けてくれる彼を売り飛ばす気は今のところ無い。いや、助けられたのと同じくらい災難にあわされたが―――
 
「……やっぱり売り飛ばすか」
 
 キールは過去を振り返って、先刻まで売らないと思っていたが撤回した。よく考えたらその方がいい気がしてきた。
 
「とりあえず、寝よう」
 
 結局、考えがあまり纏まらないままキールはキャンプに戻った。
 
 
 
 
 
「う、うぅ……やめろキール。頼むからそれだけは、それだけは……!」
 
 帰ってきたら、寝ていた馬鹿が夢に魘されていたが。
 
 
 
 
 
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
 
 
 
 
 
 目の前に広がるのは無限の闇。何故かとても息苦しくて、何とかそこから抜け出そうとして体を動かそうとしたけど、体が動かない。
 
 呼吸を繰り返す。息を吸う。吐く。肺の中に何か重いものが詰まったかのようで、吐きそうになったけど吐き出せない。
 
 今は目を閉じているのか? それとも開けているのか? それとも……
 
 ああ、なんてことは無い。これは■■し始めているだけだ。
 
 だって、自分は…………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 「―――――ッ…………」
 
 朝日が水平線から昇り始めている。いきなりの覚醒。目を開けたキールの目に陽射しが降り注いだ。
 
「…………はっ、またか」
 
 ここ最近見ていなかっただけに、余計に不快感が増している―――そう思ったキールは額の汗を拭って起き上がった。回りを確認しても、あるのは座ったままぐっすりと寝ているロゥの他には、自分たちの荷物と名残惜しそうに細い煙がちょろちょろと出ている焚き火の跡。そして自分の隣で倒れているぼろぼろの服を着た少女だけだ。特に怪しい物は無い。
 
 朝から最低な気分を味わった事を不快に感じながら、キールはとりあえず幸せそうに寝ている馬鹿の耳を躊躇い無く引っ張りに行こうとして―――
 
「いや、ちょっと待て俺」
 
 キールはスルーしようとしたが、不可能だった。
 
「は? いや、何故に!?」
 
 
 
 
 
 キールのすぐ隣に、見知らぬ少女が寝ていた。
 
 
 
 
 
 戻る

inserted by FC2 system